加藤圭木さん

(一橋大学准教授)

 日本は過去に朝鮮を侵略・支配し、多くの朝鮮人を日本に渡らざるを得ない状況に置いた。その結果、日本に住むことになった朝鮮の人たちが、自分たちがどういう存在なのか、自分たちのアイデンティティを学ぶ場が朝鮮学校だ。
 日本は植民地期にも朝鮮半島の教育機関を弾圧してきており、100年以上にわたって一貫して朝鮮の民族自主権を踏みにじってきたが、幼保無償化からの除外も同じく日本が行ってきた民族自主権の否定の一環であり、不当な差別だ。
 朝鮮人に対する権利の保障というのは、単に外国人の問題とは歴史的な文脈が違う部分がある。子どもの権利など、一般的な人権の問題として扱う方向も当然あるが、それだけだと問題の本質に届かない。根が深い問題だが、やはり問題の根幹を問わなければきちんとした権利保障になっていかない。高校無償化の時も同じだったが、日本の排外主義の問題の根本には、日本の植民地支配への反省の欠如がある。
 朝鮮侵略の問題について、日本では未だに反省が確立されていないのが現状だ。その原因の一つが、歴史に対する無知と無関心だ。知ったとしてもそれを自分の問題として考える意識が弱い。学校教育の場でもほとんど教えられていないし、言葉では植民地のことを知っていても、それがどういう人権侵害だったのか、想像力が及ばない。大学で教えながらそのことを強く感じる。
 朝鮮半島とは国家間の葛藤が起きているが、学生たちはそれを外交問題としてのみ認識していて、そこで人々の権利がどのように踏みにじられ、民族の尊厳が奪われたのかということを考えられていない。日本は、近代史から現代にかけての朝鮮に対する抑圧の歴史をしっかり踏まえた上での人権意識を形成する必要がある。「韓国併合」が人々の生命を脅かすことだったという認識がなくては、今日の日本における排外的状況がどのように作られているかが見えてこない。
 さかのぼってみると、朝鮮では植民地期から村レベルで民衆の教育施設を作るなど、民族教育を守るための闘争は広範に行われていた。そのような歴史の積み重ねの上に解放後から現在に至る在日朝鮮人の民族教育がある。日本の不当な侵略・差別に抗し、人間らしく生きる上でも民族教育が果たしている役割は大きい。
 「人権が尊重される社会を」と言葉では言うけれど、その際、日本が抑圧した民族を視野に入れないで語られることがある。これは日本の民主主義の課題だ。時間はかかるかもしれないが、日本と朝鮮半島の関係に関する歴史的文脈を知ることなしにはこの問題の根本的解決は成しえない。

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