教育を受けたくても受けられない。私には、その経験がある。横浜の中学校に通っていた頃、貧しさから抜け出すために家族でブラジルに移住した。遊ぶ暇もなく、朝から晩までコーヒー農園で働いた。それから、プロレス興行でブラジルを訪れていた力道山にスカウトされて日本に帰国。17歳でレスラーになった。
 私は義務教育をまともに受けていない。そのため常々、教育に対する関心を持ってきた。教育は、子どもたちの素質を伸ばす大切な過程、すべての子どもたちに平等に与えられるべきものだ。しかし日本では、差別と偏見が子どもたちの権利を奪っている。政治家たちはその状況を目の前にしても声をあげず、みんなで渡れば怖くないと体制にすり寄る。アメリカに尻尾を振ってきた政治の在り方、偏狭な島国根性を国会で目にしては「日本はどこにいったんだよ」と何度も考えてきた。日本の政治を根本的に叩き直し、大人たちが間違ったことと闘う姿勢を持たなくてはいけない。
 朝鮮人が差別されている日本で、師匠の力道山は裸一貫でスターになった。そんなオヤジの思い、望郷の念を届けようと94年に初めて訪朝、翌年に平壌でスポーツイベントを開催した。朝鮮は世界中から観光客とマスコミを迎え入れ、2日間で38万人もの観客が会場に足を運んでくれた。師匠への恩返しの気持ちは、今でも持ち続けている。だからこそ、スポ―ツ文化交流のために何度も朝鮮を訪れてきた。
 日本のメディアではコメンテーターたちが信憑性のないことばかり話しているが、百聞は一見にしかず。私は世界平和を実現するためにも、自分の力で行動を起こしてきた。アフリカのソマリアでは飢餓であえぐ難民をこの目で見た。イラクがクウェートを侵攻した90年には、人質になった日本人を解放させるためイラクに乗り込んだこともある。現在はコロナウィルスの影響で人的往来がストップしているが、一日でも早く朝鮮を訪れ、交流を図りたい。
 今では力道山という名前を知らない世代が多い。だが、私にとっては永遠のアイドルであり、プロレスファンの原点にもなっている。今度朝鮮に行く機会があれば、力道山の生家を訪ねるツアーを組もうと思っている。また、影響力のある議員らにも訪朝を働きかけたい。
 師匠が私の心の中に残したもの、それは闘魂、「たたかう、たましい」だ。自分に打ち勝ち、闘いを通じて自分の魂を磨くこと。77歳にもなったが、できることはまだまだある。必要であれば命を惜しまない。その覚悟で闘いつづけたい。

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アントニオ猪木さん

(元・参議院議員)

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